04年6月15(火)
  
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Tue
15
Jun
2004
05:31

DSCN0364.jpg昨日、89年の「ユリイカ」村上春樹特集号のインタビュー読んでたら、村上春樹の作品の主人公は醜い情念つまり見栄や嫉妬や劣等感などを全く持たないことについて、それはやはり作者である自分があまりそういう感覚を持っていないからだと言っていた。つまり「僕」が見たいのは世界の像であり、カメラのレンズについているゴミではないということですね、とインタビュアーの柴田元幸は表現していたが、確かに「僕」って、自分の友達に奥さん寝取られたりしても泣きわめいたりしない。だけどそれ(人生におけるそういう出来事)がレンズのゴミって言いきるのもすごい。同じインタビュー中で、「僕」っていうのは自分のことじゃないんだっていうのを読者が判ってくれない、とぶつくさ言ってたが、そりゃそうだろうよ、見栄や嫉妬や劣等感が全然ないなんて人はそうなかなかはいまい。見たくないのにレンズのゴミばっかり気になってしまったり、もしくはレンズのゴミしか見えてないのに世界が見えてると思って(信じて)る人の方がよっぽど目に付くし、私自身もシンパシーを持ってしまうのだ。けど、そういう読み手と性質の違う主人公にもかなり深く感情移入させられるのが春樹がプロなとこなんだろうけど、とりあえず最近ずっと「ブラックジャック」読んでたからそのことが余計に気になった。憎む事って得てして生きがいになりやすい事や、往々にして憎む対象ではなく憎む行為が自分を不幸にする事を、手塚治虫はあられもなく描く。復讐に燃える主人公がそのことに気付き全てを受け入れた時点で、初めて輝き出す。キラキラキラ・・・いや〜ホントかっこいいねー「ブラックジャック」。子供できたら絶対読ませるね。村上春樹は好きだけど、私にしてみればアレと比べちゃったら「僕」の身体を流れてる血はケチャップかよ、って感じっす。


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