14
Jul
2006
(表紙から引用→)「何もしてません。(←太字)事件なし、波乱なし、仕事なし。読書と抗うつ剤と貧乏の日々。あの『失踪日記』を執筆していた2004年7月〜2005年2月を記録したどん底日記大公開!」
確かにこの本は、「失踪日記」のようなマス向けではありません。ホントーにただの日記、ブログのマンガ版です(それでも、ブログがマンガにできるだけでニジコ的には理想だが)。「失踪日記」の時のように、現代人必携の書!とか言えません。
しかし、下記に当てはまりそうな人は、是非読んでみてください。(それでも先に『失踪日記』を読んでることが前提)
04
Aug
2005
誰ですか?こんな面白い本をニジコに貸したのは。asmammyだっけか?たしかに借りた記憶はあるんだけど、借りてカバーがかかったまま本棚に眠っていたところを、昨日そうじしててハケーンしてしまった。ら、らもさんてば……タフだな〜。
02
Jul
2005
借りるまで待てずに「ばるぼら」買って読了。この主人公って…私っぽい。だけどニジコは魔女じゃなくってただの人間だよーー泣。でもこの黒ミサってライフフォース…??かなりやってること似てる気がした。でも、こういうスタンスの女子って結構いるのかもな。これからじぶんのこと「オレ」とか言うよ、じゃあ。。。部屋のゴミみたいに堆積したCD-Rの山からBlue Noteのコンピ「Blue Break Beats Vol.2」「Latino Blue」が発掘され近頃の愛聴盤です。熱いぞお!
25
Jun
2005
(いさおちゃんにオススメされて読んだ)「アポロの歌」、あまりにも真っ向からセックスと狂気を扱いすぎてるので、どこぞの県では発禁になったりしたらしいけど、どっちかっつうとこれは“手塚版・保健体育の教科書”でしょ?または“裏・火の鳥”とも言える。サイケデリックでフューチャリスティックで、かつリアルな手塚ワールドの神髄です。ちょっと前に(『アポロの歌』と同時期に描かれた)「MW」も買ったけど、こっちはちょっと…ホントに話がヒドすぎて、まだ半分も読めてないんだけど、「アポロの歌」はもう三回くらい読み返した。ニジコはなんだかこれに出てくる「合成人」に自分が似てる気がしてならなかった。感情も欲望もない合成人の女王は、人間を殺戮しながらも、人間の持つ「愛」という感情に憧れる。うむ…、だがしかし幸いながらニジコは人間というレッキとした動物だ。これからも死ぬまで愛と欲に左右され続けるだろう、それって幸せなことなんだなー。合成人は食事は採らずに栄養ドリンクか栄養注射しかしないらしい、私も近頃ホントーに食に対する興味が失せてしまって、最近とみにゼリーのカロリーメイトとレトルトのダイエットフードしか食ってない。一応栄養バランスがとれてるってパッケージに書いてあるから、少ない食欲で栄養バランスを取ろうと思うとそうなってしまうのだけれど、コンビニ食ばっか食ってるとやたら燃えないゴミが増えるし、合成人に一歩近づくし、一つもいいことないやい。ちきしょう、明日こそ自炊してやる!そうしてやるー!
あと、SF短編「ふたりでリンゲルロックを」も抱腹絶倒だったなー。映画「ガタカ」に近い設定なんだけど、結末のムチャクチャさがキちゃってるよ……。主人公が1999年に22歳って、私と同い年だ。それもあってか、20年前に描かれたと思えない猛烈なシンパシーを感じちゃいました。
07
Jun
2005
話題作なのでご存知の方も多いと思いますが、念のため帯から引用:
『突然の失踪から自殺未遂・路上生活・肉体労働、アルコール中毒・強制入院まで。波乱万丈の日々を綴った、今だから笑える赤裸々なノンフィクション!』
現代人必携の書だと思われ。いやホント、生きるってのはこういうことだと思う。だって体裁をとりつくろって生きて何が楽しい!?(てかこの人、異様に丈夫じゃねえ?)とにかく、この絵と内容のバランスから醸し出す世界観が最高です。いや〜彼こそロックンローラーだね、芸術家だよ!銭金好きにはたまらんっ。底辺の人間から学ぶことって本当に多いのだ。個人的には、アル中編が特に印象に残りました。あーーよかった、酒飲めなくて……。
30
May
2005
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08
Feb
2005
04
Feb
2005
31
Jan
2005
ま、まじか。。。初期remixに連載してた彼女のマンガは、12年前にしてパーティーカルチャーの全てを描ききって(かつ、おちょくって)たと言っても過言ではない。私はそれ以外は読んだことないけど。。。
04
Oct
2004
ちょー面白かったー。ファンサイトも多いみたいです(レコスケWEB/レコスケ&レコガール同盟)病的なまでのオタクワールドの下でのレコスケとレコガールのビミョーなすれ違いっぷりに涙…。
23
Sep
2004
「東京ガールズブラボー」岡崎京子
おっおもしろいー。横森理香「ニューヨーク・ナイト・トリップ」とノリは似ているけど、こっちの方がやはり東京がベースなので、高校生の頃に録った電気グルーブのオールナイトニッポンのテープを聞き返すような気持ちになれます(ちなみにそれもこないだU.I.くんと実際にやりました)何にか判らないけど絶対成り上がってやるぞーー!ていう気持ちを持ち続けているうちは青春だよーーん。つまり一生遊んでたいってこと。一生私と遊んで下さい。
16
Jul
2004
芥川賞って一年に二度も決めるんだ。という事すら知らなかったニジコであるが、
受賞作は、寝たきりの祖母を大麻を吸いながら介護をする日常を、「YO、朋輩(ニガー)」といったヒップホップのリズムに乗せて冗舌に語る。報道や周囲の人々の無理解に対して毒づく一方で、意外とまっとうなモラルと現実を訴えかける。ということだそうである。
29
Jun
2004
最近のニジコの中では遅れ過ぎかつ問答無用の手塚治虫ブームが到来してるのだが、手塚版「まんが道」とも言うべき自伝的内容の本書は、新書版文庫にもなってないみたいだけど要チェキだ。私は今まで勝手に、手塚マンガのストーリーが神がかってるのは本人が医者だからだと思ってたけど、それよりも戦争体験の影響の方がはるかに強いんだな〜と思った。コレと同時に古本屋で「朝日ジャーナル・手塚治虫追悼号」も買ったけど、なんつうか他人が言葉にした手塚論を読むより、自分が初見の手塚マンガを読んだあとに必ず持つ、とても言葉にできない感動の方が常に宿命的にデカすぎて、つまるところ四の五の言わず死ぬまでに一冊でも多く手塚マンガを読まなくてはと思わされる。やはり神様の仕事である。
15
Jun
2004

(火の鳥・ヤマト編より)
やっぱあたしもマンガ家になろうかなぁ。
だけど、この後オグナは国に帰るんだよな。いらない前方後円墳作ったり直接人を殺したりはしないけど、いらないものを作って人に売り付けなきゃ生きて行けないっていう社会に対する不満は奈良時代と一緒なのかも知れんね。
15
Jun
2004
昨日、89年の「ユリイカ」村上春樹特集号のインタビュー読んでたら、村上春樹の作品の主人公は醜い情念つまり見栄や嫉妬や劣等感などを全く持たないことについて、それはやはり作者である自分があまりそういう感覚を持っていないからだと言っていた。つまり「僕」が見たいのは世界の像であり、カメラのレンズについているゴミではないということですね、とインタビュアーの柴田元幸は表現していたが、確かに「僕」って、自分の友達に奥さん寝取られたりしても泣きわめいたりしない。だけどそれ(人生におけるそういう出来事)がレンズのゴミって言いきるのもすごい。同じインタビュー中で、「僕」っていうのは自分のことじゃないんだっていうのを読者が判ってくれない、とぶつくさ言ってたが、そりゃそうだろうよ、見栄や嫉妬や劣等感が全然ないなんて人はそうなかなかはいまい。見たくないのにレンズのゴミばっかり気になってしまったり、もしくはレンズのゴミしか見えてないのに世界が見えてると思って(信じて)る人の方がよっぽど目に付くし、私自身もシンパシーを持ってしまうのだ。けど、そういう読み手と性質の違う主人公にもかなり深く感情移入させられるのが春樹がプロなとこなんだろうけど、とりあえず最近ずっと「ブラックジャック」読んでたからそのことが余計に気になった。憎む事って得てして生きがいになりやすい事や、往々にして憎む対象ではなく憎む行為が自分を不幸にする事を、手塚治虫はあられもなく描く。復讐に燃える主人公がそのことに気付き全てを受け入れた時点で、初めて輝き出す。キラキラキラ・・・いや〜ホントかっこいいねー「ブラックジャック」。子供できたら絶対読ませるね。村上春樹は好きだけど、私にしてみればアレと比べちゃったら「僕」の身体を流れてる血はケチャップかよ、って感じっす。
06
Apr
2004
今、手塚治虫の「ブッダ」に夢中だ。毎日天気がよくて、清々しい気候なのだけれど、私はコンビニで買ったジャンクフードばかり食べている。何だか奥歯が痛い・・・。歯が痛いのは“口は災いの元”の知らせだとどっかに書いてあったナ。うー、また余計なこといって誰かの心に災いを起こしてしまったかも。ごみんなさい、、、
07
Mar
2004
吉本ばななの「哀しい予感」を借りて読んだ。文学で少女漫画的世界観を表現したような内容だった。貸してくれた子には「コインロッカー・ベイビーズ」を貸してあげた。「哀しい予感」は、吉本ばななが24歳のとき、「コインロッカー・ベイビーズ」は村上龍が28歳のときの作品だけど、内容はちょうどガラージとテクノのような違いだった。現実世界に則した悲哀と、アナザーワールド直結系の違い。
20歳の金原ひとみが書いた「蛇にピアス」も読んだけどなかなか面白かった。主人公の女の子は破滅的な道を猛突進しつつ、安易に想像しうる厳しい現実から判りやすいくらい逃げまくる。全く何も考えてないようにしか見えないし、いかにも大人が「最近の子はどうしようもない」と嘆くタネになりそうな内容でもある。けれど現実は、大人も子供も関係なく、現代社会自体が何も考えてないっていうのが実際のところだと私は思う。子供が減って老人が増え、年金も雇用も破綻して、温暖化も進み・・・数十年後には世の中全体がムチャクチャであろうことが火を見るより明らかなのに、その危機度と比例するくらいちゃんと考えてる人なんて全然いなくて、自分さえお金が儲かっていい家に住み、いい車に乗って、ステキな人と結婚して暮らせれば万事オッケーだとしか思ってない人がほとんどだ。高度経済成長期の後遺症だとしか思えない。いい学校に行き、ちゃんとした会社で働いてお金を稼ぐ、そういう種類の体裁を保てるかどうかが、善悪の普遍的判断基準であるかのように思ってる人が未だに多くて本当に困る。ほんとはみんな、テキトーでありながら必死に生きている。やり方が違うだけだ。「蛇にピアス」の主人公の女の子は、こういうやり方で、テキトーかつ必死に生きているのだ。それが判らなければちっとも面白くない話だと思う。けれど、ちゃんと判る人もたくさんいるから芥川賞を取ったんだろうし、多少なりともこの話にシンパシーを感じた私からすれば、それは救いのある出来事だ。
それにしても、文学者っていうのは割と日本では古くから、ロックンローラー的位置付けとして認められてるよなあ、とも思った。太宰とか芥川龍之介とかの時代から、破滅丸出しで生きてても「あの人はもの書きだから、、」みたいな感じで何故か認めてもらえる。私も書かなくては!(笑)
私は大学4年の時に、社会的出世よりも遊ぶことを意識して選んだ瞬間があった。それまで小・中・高・大と、忍耐と我慢の結晶で学歴と能力を得るために生きて来たけれど、明らかにそれよりも遊ぶ方がよっぽど勉強になると確信してしまった。だけど遊ぶことを選びながら結局のところ未だにそのはざまに居て、両方をとろうとしたり両方に拒絶されたりを繰り返してる。なんせ、遊びながらメシを食うのはラクじゃない。つまるところ、ダンス占いっていうのは、そういうことです。以上。

アマニタ・パンセリナ
「失踪日記」吾妻ひでお
文藝 2005年夏季号
さいきん、「やまさんはきびしいね」とよく言われます。確かにそうかもしれない。おべっかとか使えません。そもそもニジコは人が好きで、その自分の愛情に自信があるので、相手の気持ちをあまり考えず、好きな相手ほどよりきびしくなれてしまうのだけど、結局のところそのせいでソンしてるのはニジコ自身な気がする。ただ酷いことを言われたとか、傷つけられたとか言われたり、ムカつかれたりすることも多々あるのです。というか、そもそもそんな愛情ってなかなか伝わらないかも。
遊びに行かなかった私の先週末を彩ったのが本書である。



Dance Fortune
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