01
May
2004
昨晩はIDEEのカフェ、sputnik lowという激オシャレなとこでdisco sessionクルーが回すのに行ってきました。一緒に回してたおしゃれな黒人のDJ、私好みな選曲だったけど、何者なのか結局判らなかった。ちゃんと聴きたかったけどノドがどんどん痛くなってしまい、早々に退散してしまいました。そして気が付いたら私もばっちり風邪ひーてた。今日のイエローは無理っぽいよ。よよよ(泣)
にっきゅん先生、phono読んだよー。今回もおもしろかったお。にっきゅん氏の極上の熱意を毎度のことながら感じます。田中功君が名指しで感謝されてた。相変わらずの彼らのアツアツぶりにタメ息。私と彼は死ぬまでケンカし続けると思うので心配しないでください。フリーペーパーすぐなくなっちゃうなら、ウェブ版作るとかはどう?
03
May
2004
現在コスタリカにいるという旧友と、MSNメッセンジャーでチャットした。コスタリカ自体何処なんだか私は全然良く判ってないのだが(多分中南米)、チャットできるってすごいことである。rainbow gatheringに一か月滞在し、キャンプ生活(ホームレスにかなり近い)してたそうだ。rainbow gatheringというのがどうもトラヴェラーたちのキーワードらしく、彼女の口からよく聞くパーティー名である。ハンモックで寝、川で洗濯、水浴び、みんなハダカ(ほんとかよ!)・・・まるでナラダッタである。肌も黒くなったそうだ。しかも、ネットカフェからチャットしてるとこがすごい。おかげでチャットするナラダッタ、という難解なイメージが私の中にうまれてしまった。
07
May
2004

ネットラジオ専用端末ってもういくつも出てるのね。しかしShoutcast、Icecast方式対応のもの(「BiBio」)とPeerCast対応(「PeerGarden」)のものがあるようです。とはいえよくよく考えたらどの方式もプロトコルに互換性があったような気もするが・・・、どっちにしろ今の日本で考えたらこんなマイナーなAV機器を発売してしまうメーカーはエラい。けど、インターネットラジオはこの先現実的に考えて相当未来のあるメディアだ。いち早く良質なコンテンツを始めたら、もしかして大金持ちになれるかもYO!!
08
May
2004
最近、この日記のことを現実世界で友達に触れられることが多い。電話で近況の話とかすると『知ってる〜、日記で読んだ〜』と言われる事が非常に多い。かといって友達と会った時、いつも日記に書いてない話をするのも結構大変である。しかも自分でさらしときながら言うのもなんだけど、日記読まれてるのって結構恥ずかしい。コメントやメールで反応してもらえるのはありがたいんだけど、リアルワールドで触れられるとどっかに逃げたくなります。つまり自分で何やってるのかよく判ってないってことです。私は以前からあまり特定の個人のことを書いたり、名前を出すことを極力避けてたんだけど、時々特定の人のことを書くとむしろ本人に喜ばれたりする。何なんだ一体、これは・・・。いつも、身の回りのあの人やこの人の最新恋ばなニュース!(リアルニジコがいつも話してること)とか、書きたい・・・。と思いつつ、涙をのんで我慢している。が、いつ筆が滑るか判らないので、あまり書かれたがらない方がよいと思われたし。
昨日は月光さんちで、去年のゆめ牧場で撮った8時間におよぶビデオの編集にやっと着手。何で今頃やってるんだ。打ち上げも半年後だったし。マイペースすぎでしょう。過程を楽しむことを追求しすぎるとこうなるという見本です。ビデオは、来てくれたアナタやアナタがみんな楽しそうに踊ってるのがとてもちゃんと映ってて、前後の用意片付けや、朝方の一体感!!みたいな瞬間まで詳細に映ってるんだけど、なんせ膨大すぎて編集は非常にめんどっちい。けど、一時間とかにしたら感動巨編になるに違いありません。でもここからまたビデオにして配るとか、ウェブで公開するとかまでの道のりにまた半年かかりそうです。是非見たいというアナタはリクエストのコメントでせかされたし。(写真は、去年ゆめぼくに下見に行ったときの写真。下見の様子を撮ってるけんめん)
11
May
2004
最近ルーク・ヴァイバートがディスコをコンセプトにしたアルバムを出していた。彼も昔はジャングルを作ってた時もあったけど、そんなのはサクサク忘れちゃってるんだろうか。ジャングル作っててもディスコ作ってても、王道のジャングリストやハウサーたちから見たらどうせ不思議ちゃん的存在としか受け取られないのに長年よく頑張ってるよ。ディーゴなんかはその辺おいしい立場だよなー。ジャングルの先駆的存在でありながらあっさりハウスに転身できる彼を、陰でゴールディーがこっそりハンカチを噛み締めながら泣いてうらやましがってたらウケる。彼(ゴールディー)の芸風は音楽家としてはソンだったねえ。この先ドラムンベースは、ダンスミュージックの地図の中で「カリプソってあるよね」的な存在になるしかないのか!?なんとか消滅せずに現在進行しつづけて欲しいものである。
12
May
2004
13
May
2004
13
May
2004
ニジコって何よ、と最近まだ身近な人にも言われたりします。ここで改めて解説します。
1)
ニジコとやまざきさんは同一人物です。
2)
ニジコは、やまざきさんが成りたいと思っているやまざきさん像のことであり、あなたが普段接するやまざきさんとは印象が違うかもしれません。
3)
おそらく普段あなたがやまざきさんだと思ってるものは、外見や喋り方、声色などのイメージが、その大部分を占めるでしょう。
4)
ニジコは、やまざきさんの青春そのものがテーマです。やまざきさんからニジコを取ったら、何も残りません。
5)
ニジコを、やまざきさんだと思ってあげてください。
6)
ニジコ、ってユニコ(手塚治虫)みたいでカワイくない?
7)
ニジコとは、幻のスターダンサーK.O.K.A.I.がやまざきさんにつけた名前です。
16
May
2004
六歳上のいとこのお姉さんが結婚した。ご相手の親族と比べて、山崎家の親族はおとなしい。数も向こうの方が多くて、なんだか楽しそうに叫んだりしてるんだけど、私の親戚はなんだかどこか冷めている(もちろん喜んではいるんだけど)。そういう彼らに自分の親戚としてシンパシーを感じる私。だってなぁ、披露宴で叫ばなくてもいいだろ・・・。山崎家の人々はみなあまり酒を飲まず、タバコを吸う人もいない。全員非常に、正気なのである。そういう人々の中で育ってこそ、今の私があるな〜と思うのだ。私も正気を捨てられない性格なのだ。向こうの親族が明らかによっぱらいになってるのを見てつくづく私たちは思ったのだ、「ノリが違う・・・」。血とは恐ろしいものである。ブルジョワの形式を借りた儀式が展開するも、私はため息をついた。結婚式、これが、人生のドラマなのか・・・。子供の頃、自分の誕生日会ほど特別な日はなかった、あれくらい神聖な気持ちで、自分の結婚式を迎えられるのだろうか。あれ以下だったらなんだかヤだなあ、ほんっとうに面倒臭いだけだろう。でもいとこのお姉さんは、多分化粧のせいじゃなく前よりキレイになってたような気もした。当然といえば当然なのだが「次はヒロコちゃんの番ね」とも言われる。もちろんまかしてくださいよハッハッハー。とニジコが余裕の笑いをお返ししたかどうかはご想像におまかせします。
17
May
2004
無職生活で近くに共犯者がいると『永遠に続く夏休みリバイバル』な気分に簡単になれてしまうところが恐ろしい、・・・という事にやっと気付く私。ハッ・・・。なんで月曜の朝から善福寺川公園にいるんだろう?そう、善福寺川が最近オススメのヒーリングスポットです。川沿いは手つかずの空き地に森林が鬱蒼と生い茂っていて、しかも想像以上に無茶苦茶だだっぴろい。天気が良い日に昼間チャリで走っていたら、同じく天気がよいので外に出てみた引きこもりくんみたいなのが走ってたりする。おかしい!あの気持ち良さは是非もっと多くの若者に味わってもらわなきゃ!!日曜の夜中ナゾの宴会を繰り広げ、太極拳の練習してるご老人グループを横目に月曜の朝から善福寺川公園でチルアウトする気持ち良さをっ。この日の私の口癖は「あー。もう、私、アムスに嫁に行くっ」でした。
20
May
2004
ニジコはオカルト好きである。好きな割には霊感は全くない。前世療法の無料体験に行った事もあるけど、見た前世が本当である自信は全然なかった。そのうち突然リーディングとか出来るようになる日が来ないものか・・・。と思って時々瞑想の練習をしています(そのうち99%が眠っている)。以下はそんなニジコがなんとなくチャネリングしてみた様子をチャット形式でお送りします。
22
May
2004
「ガタカ」を見た。ユマ・サーマンの美しさ、高度な技術を奥ゆかしく使用した片時も目をはなせない程の繊細な映像美、そしてさらに胸を打つのが、反社会的な道を選んででも無鉄砲なまでに夢を追いかける主人公の姿・・・。ウウウ。なっ泣けるー。主人公が最後に弟に言うセリフ、「前もそうだった、岸に戻ることを考えずに、ただ力一杯沖へ泳ぎ続けるだけだ!」そう、それは彼の生き様そのものである。生まれながらに不可能の烙印を押されながらも夢を追いかけるために彼がしてることは、ハタから見たら無茶だ。ハタから見たら無茶・・・しかしそれがホントに無茶かどうかはしてみなきゃわからん。そういう種類のプレッシャーはカタチを変えて、今我々が生きる現実のそこかしこに溢れている。気付いたら自分が無茶過ぎる事をしてるかも知れないし、もしくは大切な人が命知らずな道を突っ走るのを見て心を痛めることもあるかも知れない、けど、それは実は特別なことではない。自意識を持ち過ぎずに(←器用な人はこのへんが違う気がする)走りつづけろ!走り続けるのだーーウウウ。
24
May
2004
昨日の布教活動はちょっとイマイチでした。物足りなさを感じながらライフフォースから帰るのは初めてで、ちょっぴり寂しかった。やっぱりニックは私にとっての神様ではなかった事が証明されてしまった。全然楽しいことは楽しかったけど、得られるカタルシスの質がいつもと違った。90年代のトランスのパーティーって私は行った事ないけど、こんな感じかねぇ・・・とか思ったりして。何ていうか、いつもは無限地獄:愛と誠が2:3くらいなのが、今回は2:1くらいだったな。はー。ライフフォースがよくない・・・こんなことってあっていいのかよー(悩)ただ当日のニックがおなかが痛かっただけだと私は信じたい。そしてやはり、ライフフォースに期待しすぎな自分自身を見つめなおさざるを得なかった。しょんぼり・・・。
26
May
2004
MEETING WITH REMARKABLE MENという映画で「考えるのではなく、知ろうとすることが、神につながるのだ」というセリフが出て来た。→やばい、私考えてばっかりだよ。これからは知らなければ!→手始めに何から知ろう?→私が何を知るべきかを知ろう。→どうやったら判るんだそれは?先生に聞いても判らなそうだな。→神さまなら知ってるかも知れないけど神さまには聞けないしな。→自分で考えるしかないな。→はっ、気が付いたらまた考えてばっかりだ。→これが私の悪い所だから直さなければ。→考えてばっかりを直す。→どうやったら治るんだろう。→医者に行っても治らなそうだ。考えてばっかりを治す薬なんてなさそうだもんな。→そうか!「考えてばっかりを治す方法」を私は知るべきなんだ。→これがあの映画を見て、私が知ったことだ。→ぐるぐる→あーだこーだ→どーのこーの→・・・
26
May
2004
そう思う人のためのトランス、それこそが2004年型ダンスミュージックかも!非日常を感じたい、だけど今楽しいだけじゃ人生は良くならない。当たり前のことです。それが踊ってても気になってしまうわけだ。だから踊っててもいろいろ考えてしまう。ハタから見るとパーティーピープルなんてすべからくアホに見えるだろうけど、踊りながら結構悩んでばっかりの人も実は多い。やっぱり自分がダンスしてることが、ヒマ潰しのために自分がたまたま選んだ事だ、とは思いたくない、何か特別な意味を見いだせるはずだと信じたい、そういう希望を持つこと自体が重要なことだと、マジメに信じるタイプなんかがそうだ。だけど生きる意味が見つからないようにダンスする意味だって一生見つかるまい。なんで遊んでるのかなぁという思いはいつもつきまといながら遊び続ける。常になんか勝手に一人で背負っちゃってるわけです。どうです?思い当たるフシはあるかな?自分で選んで踊ってるくせに、踊ってることを悩んでいる・・・不思議な人種ですね。多分踊らない人から見たら理解出来ないだろう。どんちーどんちーどんちーどんちー…「今が楽しけりゃいいや」「でもホントはそれだけじゃ寂しい」「今よりもっと幸福になりたい」「今踊ってるせいで将来不幸になったりしないだろうか」「でも未来は誰にも判らない」「ならやっぱり今が楽しけりゃいいや」「でもホントはそれだけじゃ寂しい」…どんちーどんちーどんちーどんちー(BGMはDJ Gregoryの『DON'T KNOW MALENDRO』)…「だから、私はただ遊べればいいと思って踊りに来てるわけではないのだ」「何か特別な愛と叡智を見つけにここに踊りに来たのです」…どんちーどんちーどんちーどんちー。もっと平たく言えば、踊ってる時にも上昇志向くらいは欲しいよなーと。今が楽しけりゃいいっていう止まりの世界観には90年代型を感じます。プラス上昇志向にこだわるのが2004年型なんです。60年代のロックと70年代のロックの違いです。今のダンスミュージックの世界観は、ダンスミュージックが始まって20年近いことを考えると、きっと70年〜80年代型ロックに近いんじゃないでしょうか。完全に妄想ですが。




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