March 2004 (8) > Page 1

Sat
06
Mar
2004
21:33

私の事を知ってるみなさんも知らないみなさんも、改めてこんにちわ。ダンス占い師、Nijikoことヤマザキです。以前たわむれに始めたblog「rainbowcolourd」がサーバーの都合で閉鎖になって以来、復活希望の声を頻繁に寄せてくださってた約3、4名のみなさま!ありがとうございました。magichouseのサーバーを勝手に使用し再開する運びとなりました。ここでは、私が将来目指す新しい職種「ダンス占い」の道を探求すべく、一人で勝手にがんばりますのでよろしく。


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Sat
06
Mar
2004
23:15

先々週の土曜、イエローに朝4時前に行ったらまだ入場制限中だった。そして、終わったのは次の日の11時半、そこにあるものは明らかに、酒を飲むついでに踊るような日本に従来ある遊び方ではなくなってた。立派に出来上がった何年来のパーティーピープル以外から見れば、クレイジーでしかないことが、イエローっていうクラブの中ではそこそこポピュラーなクラブで普通に行われている。日本は今セカンド・サマー・オブ・ラブの真っ最中なのだろうか?だけど、トランスのパーティーではなくセオ・パリッシュのDJでというところに、感銘してしまう。それはどう考えても大衆向けの娯楽としては、スティルバーグとゴダールくらいの文化的な差だもの。その差は良し悪しではなく趣味の好きずきであるにせよ、少なくともあの時イエローに来ていた大量の日本のパーティーピープルたちは、みんな相当寂しくて切なくてやるせない場所で生きていて、それを共有しに来ていたってことくらいは確かだ。そういう種類の快楽なのだ。その世界観は♪別れた〜人に会〜った〜、別れた渋谷で会〜った〜のあの曲と、今でもあまり変わってはいない、具体的か抽象的かの差はあろうとも。
それにしても混んでいた。あんだけ混んでると遊びに来たのか修行しに来てるのか判らん。DJもやはり、ニックの方がいいぞ。ニックは別格だああー。


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スレッド:ダンス占い中

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Sun
07
Mar
2004
00:53

吉本ばななの「哀しい予感」を借りて読んだ。文学で少女漫画的世界観を表現したような内容だった。貸してくれた子には「コインロッカー・ベイビーズ」を貸してあげた。「哀しい予感」は、吉本ばななが24歳のとき、「コインロッカー・ベイビーズ」は村上龍が28歳のときの作品だけど、内容はちょうどガラージとテクノのような違いだった。現実世界に則した悲哀と、アナザーワールド直結系の違い。
20歳の金原ひとみが書いた「蛇にピアス」も読んだけどなかなか面白かった。主人公の女の子は破滅的な道を猛突進しつつ、安易に想像しうる厳しい現実から判りやすいくらい逃げまくる。全く何も考えてないようにしか見えないし、いかにも大人が「最近の子はどうしようもない」と嘆くタネになりそうな内容でもある。けれど現実は、大人も子供も関係なく、現代社会自体が何も考えてないっていうのが実際のところだと私は思う。子供が減って老人が増え、年金も雇用も破綻して、温暖化も進み・・・数十年後には世の中全体がムチャクチャであろうことが火を見るより明らかなのに、その危機度と比例するくらいちゃんと考えてる人なんて全然いなくて、自分さえお金が儲かっていい家に住み、いい車に乗って、ステキな人と結婚して暮らせれば万事オッケーだとしか思ってない人がほとんどだ。高度経済成長期の後遺症だとしか思えない。いい学校に行き、ちゃんとした会社で働いてお金を稼ぐ、そういう種類の体裁を保てるかどうかが、善悪の普遍的判断基準であるかのように思ってる人が未だに多くて本当に困る。ほんとはみんな、テキトーでありながら必死に生きている。やり方が違うだけだ。「蛇にピアス」の主人公の女の子は、こういうやり方で、テキトーかつ必死に生きているのだ。それが判らなければちっとも面白くない話だと思う。けれど、ちゃんと判る人もたくさんいるから芥川賞を取ったんだろうし、多少なりともこの話にシンパシーを感じた私からすれば、それは救いのある出来事だ。
それにしても、文学者っていうのは割と日本では古くから、ロックンローラー的位置付けとして認められてるよなあ、とも思った。太宰とか芥川龍之介とかの時代から、破滅丸出しで生きてても「あの人はもの書きだから、、」みたいな感じで何故か認めてもらえる。私も書かなくては!(笑)
私は大学4年の時に、社会的出世よりも遊ぶことを意識して選んだ瞬間があった。それまで小・中・高・大と、忍耐と我慢の結晶で学歴と能力を得るために生きて来たけれど、明らかにそれよりも遊ぶ方がよっぽど勉強になると確信してしまった。だけど遊ぶことを選びながら結局のところ未だにそのはざまに居て、両方をとろうとしたり両方に拒絶されたりを繰り返してる。なんせ、遊びながらメシを食うのはラクじゃない。つまるところ、ダンス占いっていうのは、そういうことです。以上。


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スレッド:マンガ・本

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03.10 01:49
0001:
yutao 村上龍といえば、こないだ間違えてストレンジディズの2冊目...

03.17 15:13
0002:
にじこ あ、本田君てば書いてくれてたのねー。今気付いた。 坂本龍...

 
 
Wed
17
Mar
2004
15:31

それにしても先週末のマンダラはダメだった。今年行かなきゃ良かったパーティーのワースト3に入るでしょう。あんだけ内容に文化性を失っちゃうと、無意識にアタマもカラダも受け付けなくなってしまう。4年前、友達とsolstice行ったはいいが全然楽しくなくて困ったときのことを思い出した。ノリが邪悪なんだもん。だって、あんなアイソとかひねってワーとかキャーとか、そんな感動の与え方レベル低すぎだよぉーー。。。いたいけな紳士淑女たちには居場所がありませんでした!!!というわけで、ちょうど元々むちゃくちゃ不機嫌だったわたしはさらに無意味に激怒した(怒)。ぷんぷん。


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スレッド:ダンス占い中

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Wed
17
Mar
2004
15:44

4/2に、ninja tune来日があるんだけど、4/3にはmagic boatがあって、大変微妙です。magic boatは夕方6時から3時間なので、普段オールナイトのパーティーに来れない方も逆に来やすいかもしんない。今、インフォメーションページを製作中であります。ninja tuneも見たいなあ。「ZEN TV」の音と映像、技術と感覚の操りっぷりと、その世界観のワビサビっぷりにワタシは17歳に戻ったような新鮮な感動を覚えました。あんなん作れるようになりたい!とかそういう感じ。カーーックイーー!
ここでもみれるよ


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Sat
20
Mar
2004
01:03

最近調子がよいとは言えない私は、今日は特にぼんやりしていて、エレベーターに乗るとボタンを押し忘れ、コンビニのATMではおろした二万円をそのまま置き忘れた。(数時間後に奇跡的に取り戻せたけど)思ってみれば、毎年冬が終わるか終わらないかのこの季節、私はかなり心身喪失ぎみだ。おつりだけもらって商品を忘れるとか、毎日乗ってる通勤電車を乗り換え間違えるとかが、週に二度以上あったりした。そういうことを気をつけなくても間違えない人種と、気をつけても間違える人種がいる気がする。後者の方に生まれると、無意識に生きるのは結構難しい。インドあたりに生まれてれば比較的ラクだろうけど、東京での社会生活は神経を張り詰めることになるだろう。とはいえ、いつも自分の表層意識にがんじがらめにされながら生きるのって、実は相当つまらない。社会的人間としてはスマートに見えても、生身の人間として生まれた真の面白みみたいなものからどんどん離れていってしまう気がするし、想像力も創造力も限界が見えやすくなってしまう気がする。
パーティーでトランスしてる時って、眠ってる時と似てるなぁとよく思う。普段は堅い表層意識の殻におおわれてる無意識がむき出しになって、夢の中で行動をとるのと似ている。または、表層意識の殻がまだ薄くて無意識のモチベーションの方が大きい、子供のころにも似てる。ガンガン踊ってるサマは、さぞ疲労しそうなものだけど、実はぐうぐう寝てるのと同じかそれ以上の精神的休息なんだと思う。瞑想の休息度って睡眠の10倍らしいけど、ダンス中なんて休息しながら発散してるのだから、その充実度はハンパない。って、んなこたー、パーティーピープルのみなさんは言われなくてもよくご存じだと思うけど、ま、つまりは自分をコントロールしきれない部分にこそ可能性があるな、と。
だから、そういうのを日常の社会生活にも適度に取り入れたいと思うんだけど、むずかしいんだよねぇコレが・・・。自分としてはコントロールしたくない部分をコントロールさせられるのは納得いかないんだけどさ、、、しかも、そういうこころざしを自分自身の甘えと同化させないのは、もっと難しいかもしんない。だから、自分自身を好きになるのは結構難しいのだ、特に、気をつけてても財布落とす人種は(笑)。それを、まっいっかぁ〜と思ってすぐ忘れられる自分と、今度こそ絶対落とさないように努力しようと反省する自分と、どっちの自分を目指すべきなのか?ちなみに私は、財布に関しては慣れ過ぎて結構すぐ忘れる。けど、財布落としたというと周りが私より悲しんだり怒ったりする。何が正しくて何が間違ってるのかは誰にも判らん。塞翁が馬ですおー。


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スレッド:妄想 | 生活

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Sat
27
Mar
2004
14:08

人生の成功者だろうが病人だろうが、努力次第で永遠に生きれたりはしない。アインシュタインもホームレスも、人間的価値は99.999%変わらない。気持ちはお金には変えられない。幸せも痛みも、自分が感じることによってのみ存在し得る。自分と他人は比べられない。全ての人がフラットに存在するのが客観で、同時にその中一人が自分であり、そこに主観が存在する。自分に自信を持つ前に、自分を好きにならないといけない。・・・!!はっ、、そうだっ!!そこが問題だ。自分を好きじゃないまま自信だけ持ってる人が多いんだ。自信だけで自分を好きになろうとする人も。つうか私はそうだなあ。そこが一番問題だなあ。自分が望んで自分であることを実感すること、そしてそこに理由があっちゃだめだ、恋みたいな気持ちでないと。


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スレッド:妄想

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3   

03.30 02:33
0001:
j.b.honda 超暫定的にHPをうpしますた。 つーか、前のをそのままage...

03.31 03:03
0002:
にじこ 今の日本てさぁ、自殺者が年間5万人いて、それって国内で内...

04.02 02:41
0003:
j.b.honda 幸せね。正直自分も今幸せなのか?と疑問に思うことは多々...

 
 
Wed
31
Mar
2004
01:24

初期の村上春樹はよく『自己紹介すること』の無意味さを書いていた。そして、割と最近になってから『理解というものは、誤解の総体に過ぎない』とも書いている。なんだそりゃぁって感じだ。どっちも正しいようで、全然正しくない。主観と客観の間にある深い溝についての、言葉遊びのヴァリエーションを増やすのに時間を費やす時代はもう終わってる。“私はあなたのことを理解したいし、あなたに理解されたい”という気持ちがそこに存在するか、感じられるかで、話は全然変わってくるっていうのが、現実世界だ。誰かと誰かが出会っても、そういう気持ちが間に生まれなきゃその二人の関係に発展的未来はないし、人間同士の相性のほとんどがその自然発生にかかってるくらいかもしれない。あったり前だけど・・・。とにかく、私は人が好きだってことです。なんでみんな判ってくれないの!!!(笑・判ってくれてる人、すいません)


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スレッド:妄想

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2   

03.31 02:12
0001:
おかもにょ 初めて書き込みしちゃった。 あははは・・・ヤマさんは面...

03.31 03:10
0002:
にじこ なななんと!プロの文筆家にほめられちゃったよ!! きゃー...